PROCESSING STORY


まるで宇宙船のような不思議なデザインだった。とかくデザイナーはイメージが先行しがちになり、時に無茶とも思えるデザインが送られてくることがある。
それは彼らがガラスという素材の特性や加工法を知らないせいでもあるのだが、この時送られてきたのは非常にシンプルで不思議なものだった。
まず「出来る」「出来ない」という問題については、クリアすると思われた。次の問題がコストである。
ガラスは削りすぎて凹めばそれまで、割れてもそれまで、the endである。

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火切りの作業者も、アシストする作業者も、そして私も緊張する作業場。工場内を流れる空気の動きすら火切りの障りになるため切断部位の周囲を囲う。
実はその頃、それまでいた火切りの熟練者が別部署に異動し、別の担当者が装飾品の火切りを担当することになっていた。彼も火切りの腕は確かだが、
装飾で扱う大物品の火切りには慣れておらず、まして代替え品がないというプレッシャーを抱え、ガラスを前に普段よりためらいを見せていた。
作業者の操るハンマーとバーナーを見つめつつ「まっすぐ切れろ!」と心で念じ作業を見守っていた。
毎度のことながら、自分が超能力者なら念力で!と思わずにはいられない。だって本当にダメな時はダメなのだ。
そしてその時「キン!」という高い金属音が工場内に響き渡った。見ると厚板ガラスはきれいに切れていた。
ガラスというのは不思議なもので、叩くと金属音がするのである。誤解を恐れずにいえば木琴よりも鉄琴に近い。そして切れる瞬間に鳴り響く音はかなり大きく、
私などは耳を塞いでいても飛び上がってしまう程である。
結局どれもほぼきれいに切ることができた。材料そのものが熔解時に歪がなく成形できていた、ということもあるがやはり作業者の技量である。
なによりホッとしたのは当の作業者で、作業前の緊張した表情がリラックスした笑顔に変わっていた。
本番に使用するガラスはこの後“歪抜き”というガラスを整える熱処理加工を行うことになっていた。

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“歪”、それは簡単に言うとガラスの中にできる力のムラだ。
このムラの部分に外部からの衝撃が伝わると、割れてしまうのだ。良く車のフロントガラスが衝撃で小さな四角いガラス片になるのを見たことは
ないだろうか? あれはわざとガラスの中に“歪”を入れ、ガラスが割れても大怪我しないようにしているのだ。
当社のガラスは熔解成形時にきちんと除冷を行い そのムラを極力排除する“歪抜き”をしているが、JAEGER DOCSONの場合、
接着したガラスをくり抜かねばならず、 その加工にガラスを耐えさせるにはもっと精密なガラスの“歪抜き”が必要であった。
そのような訳で、この本番材は火切り後、社内の窯に約1ヶ月詰め“歪抜き処理”を行い、窯出し後、小泉氏の元に材料を運んだ。
IMAGE SKETCH
ストリップ材精製された原料の粉を熔解し、様々な検査を経て作られるガラス
火切り作業熟練の技と経験が必要なガラスのカット法
歪抜き処理

光学ガラス

ガラスの種類は非常に多く、その種類は数え方によって数千種類にもなります。
JAEGER DOCSONにはその中の光学ガラスと呼ばれる、光透過性、均質性に優れ、泡や脈理、歪などがない
ガラスが使われており、一般的にカメラレンズ、望遠鏡などの光学製品等に用いられます。
古くは近代化学の創設者の一人とされるガリレオ・ガリレイが1608年オランダで望遠鏡が発明されるや、
翌年には自身で望遠鏡を製作し、天体に関する様々な発見をしました。
光学ガラスによる宇宙観測は今も行われています。

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本格的に製作にスタートがかかり、最初の課題解決に取り組むことになった。それは大きな厚板の美しい接着だ。 一般的に使われるガラスの接着剤は
板ガラスを基準に作られているため、重さのあるガラスは使用想定外なのだ。 小泉氏は大型ガラスの加工を得意としているが、今回のような大型の
ガラスの平面接着をした経験はない。 JAEGER DOCSONは厚みを出すため、150t 700w 1,200L 2枚のガラスを接着して本体としている。
単にガラス同士がくっつけば良いなら問題ないが、 美しい接着面が作れるかどうかは別である。美しい接着面とは何か。
接着してあるように見せないこと。つまり接着剤は極力薄く、隅まできちんと接着剤を行き渡らせること、接着面に気泡を入れないことである。
大きく広い面を美しく接着するのは至難の業なのである。これが手で持てるなら別だが、 1枚315kg前後もあるガラス2枚を傷つけずにクレーンで
操り重ねなくてはならないのだ。それだけでも神業としか思えない。
材料接着
研削作業
イメージサンプルガラス越しにニキシー管の文字がどう見えるのか、サンプルがあった方が良いだろうと
180mm角の四角柱を使ったニキシー管1管だけが入るドーム型を試作
中抜き作業

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このJAEGER DOCSONは走り出してから、走りつつその姿を変えていった。
それはこのアートのポテンシャルを目の当たりにすることで関わる者の感性がくすぐられてしまった結果なのだが、当然モノづくりの現場は混乱を極めた。
一番苦労したのはニキシー管をのせる台座の部分だった。当初は単純な無垢の四角柱だったのだが、
この部分の構造がかなり終盤まで議論の対象となり、加工に着手が出来なかった。
結局この台座は無垢の塊ではなく、それよりもはるかに高度で難易度の高い形状となった。加工をする小泉氏も初めての試みということで、手探りでの作業だ。
ガラスの研磨には出来ることと出来ないことがある。出来ても仕上りが美しくできない場合もある。いずれも持っている加工機や道具、技量によるのだが、
正直よくぞここまで美しくできたものだ、というのが仕上がりを見た感想である。
台座作業
外装研磨作業

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そしてその台座製作中、また新たな問題が発生した。
1管1管が手作りであるニキシー管は、それぞれ微妙に様子が異なる。
送られてきたニキシー管は全て受入時に検査を行うのだが、日本人が几帳面なのか、私の検査の目が厳しいのか、これはいいのか?と思うことも多い。
受入検査をするのは、後工程での作業をスムーズにするためで、最終的には完成体となった時、そのクオリティを下げないためでもある。
正直を言えばもう少し繊細な仕事をしてもらえると安心して次の工程に送れるのだが、それは今後の課題である。
ニキシー管自体、失われた技術と製法で出来ているようなので、それを作るのもまた、ひとかたならぬ苦労をしているのだろう。
とにかく、その手作りによる仕上りの個体差と、いかにまっすぐニキシー管を石英サックの中に固定するのかが課題だった。
金物サックであれば中は見えないため、どうとでもできるが、ガラスは透明なので中が全部見えてしまう。ガラスにする以上、
構造全てを美しく見せなくてはならない。 この課題もどうするのが良いのか関係者全員で検討を重ねた。
石英製ガラスサック検査作業
完成したニキシー管
ガラス加工作業完成

ガラス加工 小泉昌浩

1メートルを超える素材。精密研磨、接着、内部研磨と本当に難しい作業の連続でした。
つまりJAEGER DOCSONは全体がアートとしても唯一の存在だが、パーツ自体もそれぞれが全て1点ものと言える。
素材を眺めて1カ月。最高の仕上がりのために、頭の中で何度も作業を繰り返し、
今までの経験と想像力で、いくつもある選択肢の中から最適な手順を導き出します。
手順が決まればあとはそれに従い作業を進めるのですが、間違いがないか、これで良いのか、ずっと考えながらの作業です。
実際の作業で大切なのは自分の力量を把握し、余力をもって仕事をすることです。
常に100%出し切るのが良いと思われがちですが、それでは万が一の際、とっさの対応が出来ません。
あるF1ドライバーも言っていました、全力ではあるがそれは100%ではない、
100%を少しでも超えたときに何が起こるかわからない、それではプロとして失格だと。
しかし自分の力量のまま無難に作業していても進歩はありません、そのためにあえて
100%を超えた作業で失敗し、その感覚を体に覚えさせます、この失敗の積み重ねが自分を高めていきます。
今回、JAEGER DOCSONの製作では100%を超える作業が多々ありましたが、無事、完成までこぎつけました。
この経験は次につながる大きな仕事でした。
少しずつ回転刃で刻みガラスを削る研削作業
台座研磨作業
傾き補正用のスペーサーというパーツを
ガラスで製作
完成したニキシー管

ニキシー管に使用された
石英ガラスとは

二酸化ケイ素(SiO2)という成分のみで作られる石英は、極めて高い透過率・耐熱性・耐食性を持つ素材です。
時に無色透明な物を水晶と呼び、古くは玻璃(はり)とも呼ばれ珍重されましたが、
現代においては産業界の中でも世界最高性能を求められる半導体製造プロセスなどでは
たくさんの石英が使われています。
他にもビーカーやフラスコなど理化学用途や光フャイバーの材料などにも幅広く用いられています。
今回 JAEGER DOCSONでは耐熱性を考慮し、ニキシー管のサック部分にはこの石英を使用しました。